Albert Anker

Canon LiDE500F

渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「アンカー展」を見た。
アルベール・アンカー(1831-1910)は、スイス出身の写実主義画家。
同国では、存命当時から大変な人気を得た国民画家の一人だ。
一年の大半をパリで過ごし、夏の間だけ故郷スイスに帰る生活を30年続けたが、作品の多くは、牧歌的田園の中で暮らす少年・少女と村人をモチーフにしている。
室内の微妙な光の中で少女の横顔をとらえた作品はフェルメールを、繊細で透明感あふれる水彩はワイエスを思い起こさせる。
アンカーの本格的な回顧展は我が国初。
作品の大部分がスイス国内にあるため、これまで日本では知られることがなかった。


写真がようやく一般化してきた19世紀末、ヨーロッパでは画家の作風も大きく変化する。
外光を強く意識した印象派からフォーブやキュビズムが生まれ、世紀末を迎えた世界観から、象徴派、シュールレアリスムが誕生する。
アンカーの作風は見ての通り、新古典主義をそのまま継承した確かな写実と、史実や宗教ではなく身の回りに題材を取った新世代の感覚が同居している。



■髪を編む少女(1877)
油彩、キャンバス
今回出品された作品の中では1、2を争う傑作。
左上方から差し込む光が少女の横顔を際だたせている。
暗い背景と明るい金髪の対比が見事だ。
髪を編み、学校へ行く準備をする少女が見下ろすのは教科書だろうか。
画家の非凡な目は、日常のありふれた所作の中に厳粛な美を見い出している。




■マリー・アンカーの肖像(1881)
油彩、キャンバス
抑えた色調の中に知性と気品が漂う肖像画だ。
襟元の淡いブルーのリボンが控えめに個性を主張している。
都会的なセンスを感じる作品で、スイスの片田舎というよりパリのモード雑誌を思わせる。

※マリー・アンカー(1872-1950)は、画家の次女で1892年にヌシャテルの音楽教師アルベール・カンシュと結婚した。




静物「お茶の時間」(1877)
油彩、キャンバス
35点ほど描いた静物画も卓越したデッサン力が伺える第一級のものばかり。
18世紀に、近代的な作風で静物画の世界に新たな道を開いたシメオン・シャルダン(1699-1779)を手本としているが、注意深く配された食器や皿に、作者の練り上げられた世界観が反映されている。
2000年に開催したマネ静物画展では「近代画家として、セザンヌ以前に刺激的で奥深い静物画を描いたのはマネとアンカーだけ」と紹介するほどだ。




■編み物をしながら本を読む少女(1885)
木炭、鉛筆、淡彩、紙
背後の窓から差し込む光に照らされ、若い女性が手仕事を進めている。
膝の上には一冊の本。
写実に優れたアンカーの描写力が、写真以上の迫真性を生み出した一枚だ。
淡彩の淡いコントラストながら、衣服の布地は大変丁寧に描かれている。
アンカーのアトリエには布製品の膨大なコレクションがあり、彼はそれによってマテリアルに対する目を磨いたという。