コカイン・ナイト

Canon LiDE 500F

J・G・バラードが96年に発表した作品が文庫化された。
新潮文庫山田和子訳)

地中海に面した理想の高級リゾートに突如起こった凶悪事件。
5人が殺され、犯人は逮捕。
口をつぐみ快適な生活に身を任せる住人たち。
犯人は本当に逮捕されたのか?
事件の迷宮の果てで、読者は何に突き当たる?

バラードの新作が文庫化されるなんて何年ぶりだろう。
彼の作品はいつも対立の構図を含んでいる。
「狂風世界」然り「沈んだ世界」然り…

60年代、SFに「内宇宙」という新風を吹き込んだこの作家は、自身のSF観についてこう答えている。
「うち捨てられた浜辺に一人の男がたたずんでいる。何故そこにいるのか?それは知らない。そして、それは大した理由ではない。そこにいるから、いるのだ。
男は浜辺の前方にある、捨てられて朽ち果てた自転車を見ている。いや、自転車のスポークを見ている。1本、2本、3本、…と錆びたスポークの数を数えている。
虚心に錆びたスポークを数える男に去来するもの。それが内宇宙で描こうとするSFだ。」
バラードの初期短編を読むと、いつもその状況設定にセンチメンタルになる。
SFの黄金時代、アシモフ、クラークと読み連ねてきた自分も、バラードの短編につかまってKOされた。
誰もいない浜辺、郊外の大病院、閑散としたビル街など…いわゆるバラードランドという特有の状況設定、何も行動しようとしない非行動者たち。
ストーリーを追うのではなく、読者の心に芽生える感覚にねらいを絞った新しいSFの波は、限界を迎えていた従来型SFに風穴を開けた。
その後、実験的な試みが数多くなされたが、その多くが読者をつかめずに終わっている。
時間レベルも最大限に延長され、延々と展開が進まない「濃縮小説」なんていうものも次々と出版された。
「沈んだ世界」は、その先駆けとも言える作品。必読です。